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おすすめ本『糞袋』(藤田雅矢著、新潮社)──江戸を舞台にしたサイエンス・ファンタジー「誰もみな糞の詰まった糞袋」

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おすすめする本

糞袋

糞袋

 

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著者

藤田雅矢

1961年、京都市生まれ。農学博士。1995年、第7回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。同年、「月当番」で第26回JOMO童話賞佳作。2007年、「ダーフの島」でSFマガジン読者賞受賞。著書に『星の綿毛』(早川書房)、イーシングル幻想館『幻視の果実』の小説のほか、『捨てるな、うまいタネNEO』(WAVE出版)などの園芸書もある。 (出典:Amazon

感想

Amazon内をうろちょろしているときにたまたま見つけました。インパクトのあるタイトル、表紙、挿絵がしりあがり寿だったことで購入してみました。なので、著者については全く知らずに読みました。 面白かったので紹介します。

舞台は江戸時代の京都。下肥の汲み取り人が出世していく話です。

まず下肥って何でしょう? 糞尿です。人糞です。有り体に言えば、うんことおしっこです。
主人公の仕事は、それを汲み取ることです。

ここが第一のオモシロポイント!
なぜ汲み取るか? 清掃のためではありません。
近郊の農家に売るためです。
肥料となるからです。

町民からお金をもらって汲み取るのではないのですよ。
お金を払って糞尿を買うんです! 正確に言うと、武家屋敷だとか長屋だとかのトイレ(厠)の汲み取る権利を買うのです。
言っときますが、この点はフィクションではありません。著者の創作ではありません。実際に江戸時代、化学肥料がなかったので、農村では肥料として都の人糞を必要としていたのです。
買ったり、野菜と物々交換していたそうです。

事実なのに、現代からしたらすでにファンタジーですよね。
武家屋敷など位の高い人の家から出る糞尿は値段が高く、貧民の家から出る糞尿は安く取引されていたようです。
良い物を食べているから肥料として良い糞尿がでるという理屈もあったようです。
糞尿に良い悪いもあるのかよって感じですが、価値付けされて商品として流通していたのです。

これが物語の背景です。このあたりの事も本書の中で説明されていますので、知らなくて問題ないと思います。
(ちなみに私は知っていて、これを正面から取りあげてファンタジーに仕上げようとする本があることにびっくりし、本書を衝動買いしました。)

汲み取り人からどうやって出世していくかは本書を読んでください。
ただ、スカトロチックな描写が出てきますので、食事をしながらは避けたほうがいいでしょう。
後で知ったのですが、著者は農学博士とのことだけあって、その描写も迫真です。

またこれは事実なのか、著者の創作なのかわからないのですが、遊女の糞尿をお香のように嗜む(たしなむ)金持ちの好事家、というエピソードが出てきます。
ゲッ ってなりますが、なんかありそうだなって思いました。
創作だとしたら、すごい発想ですよね。

といわけで、だれでもが楽しめるってわけではないでしょうが、江戸時代を舞台にした文字通りの意味でサイエンス・フィクションという感じで面白かったです。

「誰もみな、糞の詰まった糞袋よ」といセリフが出てきます。
所詮、人間みな等しく糞袋でしかありません。
しかし、等しく糞袋でしかないものに、恣意的に価値が付けられ、貴族だ遊女だ、士農工商だとかと分けられ、ヒエラルキーが発生します。そしてそこに貨幣が介在することによって、そのヒエラルキーが強固になったり、流動的になったりします。
本書で描かれていることはそういうことだと思います。
文字通りクソみたいなモノに価値が付き、ヒエラルキーが生まれ、そのヒエラルキーを上手く利用することによって、主人公は社会のヒエラルキーを成り上がっていきます。
ここに本書の面白さがあり、糞尿を扱った意味があるのかなと思いました。

経済や物の価値っていうのは実に不思議なものです。
現代人は「江戸時代は糞尿を買っていた」ことに驚くでしょうが、江戸時代の人が「未来では水は買うんだよ。空気(酸素)だって買うよ」って知ったら同じように驚くことでしょう。

関連書籍

江戸時代の下肥事情についてはこちらも参考になります。

大江戸リサイクル事情 (講談社文庫)

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江戸のおトイレ (新潮選書)

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