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創作落語『翌年の長屋の花見』

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えぇ、お忙しい中、覗いていただき誠に御礼申し上げます。これもまた何かの縁でしょうから最後までお付き合いくださるとうれしいかぎりです。
で、まあなんでこんな前口上で始まっているかと申しますと、タイトルにあるとおり落語風の小説に一席お付き合い頂きたいと願ってのことです。
以前にも「おっぱい谷」という噺を作りましてここで発表させて頂いたことがありますので、読んでやって欲しいと存じます。えぇ、その「おっぱい谷」という卑猥なタイトルの噺ですが、古典落語の「頭山」というえらいシュールな噺からインスパイアされてできたものです。


落語風小説『おっぱい谷』 - エルディの逃避数列


で、今回も同じく古典落語をアレンジしたものになっております。
長屋の花見」という噺があります。もともとは上方の噺で「貧乏花見」というものがもとになっているそうです。検索すればテキストや動画もでてきますので、ご興味あるかたは見てみるといいかもしれません。ただ知らなくてわかるように書いているつもりです。
でまあ、それらをベースに、そこに現代では考えられないような江戸の風習を取り入れて噺にしてみようって算段です。
その風習ってのをまったく知らないと噺についていけないので、事前簡単にご説明しときましょう。
江戸時代の、特に後期。糞尿は商品でした。糞尿を買う人がいたんです……
……もうね、ほんと申し訳ない、お下劣で。心の準備できてなかったですよね。でもこれほんとなんです。
これだけじゃなんのこっちゃわからないでしょうから、もうちょっと説明しましょう。したらあーってなります。
田畑の肥料として人糞が取引されていたんです。化学肥料なんてない時代、人糞は大事な肥料だったのです。人糞をそのものを買うというより、屋敷や長屋ごと にトイレの掃除・汲み取り契約を結び、汲み取った量に応じて金を払ったり、野菜を配ったりしたそうです。また、契約業者以外にも、豆腐屋みたいに天秤棒に 肥桶と柄杓を担いで「こやし御座いませんか」とふれ歩く肥取りもいたそうです。思いの外たまってしまって、臭くて契約業者を待てないなんてとき頼んだので しょうか。こういう肥取りは契約業者よりも高く買い取ってくれたという話もあります。落語では、「法華長屋」というのが肥取りの噺です。ご興味あればこち らもどうぞ。まあ、なかなか興味ある人もいないかもしれませんが……。
ええ、前口上が長いですね、大丈夫ですか? こういう話を聞いてるだけで催してくるもんです、はい。トイレ行きたくなったら行って下さいね。本屋に行くと トイレに行きたくなるでしょ? あれと一緒ですよ。あのおー条件反射ね。梅干しやレモンの話をするとツバがでてくるのと一緒です、たぶん。科学的に正しい のかどうかよくわかりませんが、科学的に正しいのかと考えてるうち漏らしちゃいますから、科学的に怪しくてもしたくなったらトイレに行くのが正解です。
しつこく雑学をぶち込んでおくと、今で言うトイレ。江戸時代は「雪隠(せっちん)、憚り(はばかり)、厠(かわや)、手水(ちょうず)」なんて言ったそうです。これは比較的知ってる人もいるんじゃないかと思いますが、このあと出てくるので念のため。
さあ、やっと本題です。
舞台は貧乏長屋。ろくに賃料(店賃 たなちん)を払えない貧乏人ばかり。「景気をよくしよう」てんで大家が音頭を取って、無理くり繕った花見の模様が「長屋の花見」。その翌年の話です。

「おーい、みんな聞いてくれ」
「ええ、どうした?」
「大家が呼んでる。みんな集まってくれってさ」
「どうしてだい?」
「あれだ、店賃の件じゃねえか」
「おいおい! もしかして、とうとう賃貸制にするつもりじゃないか」
「何言ってんだ、むかしっから賃貸制だ」
「そうなのかい? おれは一度も払ったことあねえぞ。無償で貸してくれてんじゃないのかい?」
「そんなことあるか!」
「そうか、ずいぶん太っ腹な大家だって尊敬してたんだけどなあ。気のせいか……」
「お前の”気”はずいぶん都合よくできてんだなあ」
すると別のやつが口をはさむ。
「今、季節はなんだい?」
「なんだよ突然」
「季節はなんだいって言ってんだ。春だろ」
「ああ、そんなのはわかる。そこまで気はふれてねえ」
「春っていやあ、花見だろ」
そこで長屋連中、口をあわせて「ああー」とうなる。
「あれか、今年もまたしみったれた花見やろうってんだな」
「酒の代わりに番茶を水で薄めた、酒もどきの”お茶け”」
「大根のこうこを月型に切ったかまぼこもどき」
「たくあんを切った玉子焼きもどき」
「お茶で酔わないといけないし、かまぼこ、玉子焼きは音をたてないように食べないといけない」
「あんな演技力を要求される花見は御免だ」
「お茶けをバカバカ飲むしかないから、小便たまってしょうがねえ」
「おいらなんて玉子焼きを音をたてないように食べようとして、飲み込んだから、喉をつまらせ死にそうになった。さいわいお茶けがあったから流し込んで助かったけど」
「大家が見栄をはりたいだけのあんな花見なんざ行くもんか」
「ああ、ほんとだ。あんなしみったれた花見になんて行くもんか。お断りだ」
「まったくやんなるよな。なんでおれらの大家はあんなしみったれてんだろうな」
長屋連中、「まったくだ」とうなずきあう。
そのうちの一人、熊五郎が神妙な顔でつぶやく。
「おれはすげーこと考えついたかもしんねえ」
「なんだい? 熊」
「大家がしみったれてる理由がわかったかもしんねえ」
「ほうほう。そりゃ聞きたいね、生来のもんじゃないのかい?」
「もしかしてだけど、おれらがちゃんと店賃を払わないからじゃ……」
しばし沈黙があって、
「ああーなるほど」
「そりゃかわいそうだ。確かに、俺が大家だったらこんな店子はとっとと追い出すね」
「まったくだ。店子に恵まれてねえ大家だ」
「不憫でしょうがねえ」と涙ぐむやつまで。
長屋連中、自分達のことは棚に上げて「大家が不憫だ。大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然。今年も一肌脱いで、花見に付きやってやろう。大家を励ましてやろう」で意見が一致。そろって大家のとこへ。
「大家さん、お早うございます」
「おお、すまんの、みんなそろってもらって」と大家。
「気にしないでください。さあ、行きましょう」
「行きましょうってどこへ」
「そりゃ花見でしょ」
「おお、話が早い。そうそう。今年も花見に行こうかと思ってな、みんなを呼んだんだ」
「先刻承知。さあ行きましょう、インチキ花見に」
「インチキって言うな。とはいえ、去年と同じものしか用意できなかったんだけどな」
「大家さん、おれらも二回目ですからね、要領は得てます。しっかり盛り上げて、大家さんの顔立てますから」
「どうした? いいこと言うじゃないか」
「まかしといてください。お茶だろうが、小便だろうが、ほんものの酒みたいに酔っぱらってみせますから」
「お、おいらは固いかまぼこも玉子焼きも音も立てずに飲み込んでみせます。んで喉つまらせて、酔っ払いと見紛うごときの見事な赤ら顔をしてみせます」
「おいおいあぶねえな」と大家。
「とにかく、まわりの花見客が羨むような酔いっぷりを見せてやりますよ」
「そうだそうだ。あの長屋はカネもってるなあって思われるようにね」
「えっ、どうしたんだ? そんなに息巻いて。去年は散々言ってたくせに」と大家。
「……」
「ん? どうした? 急に黙ちまって」
「……不憫でならねえんすよ」
「不憫? 誰がだ?」
「ああ、ますます不憫だ。見れば見るほど憐れだ……」
「おいおい、何言ってんだ。みんな急に辛気臭い面して。涙ぐんでるやつまでいるじゃないか……」と大家、怪訝な表情で言う。
熊が答える。
「いやね、さっきみんなで話してたんですよ、うちらの大家さんは不憫だ、って」
「おれがか?」
「ええ」
「どうしてだい?」
「大家さん、なんて言われてるか知ってます?」
「ん? よくは言われてないだろうな……」
「ああまったく哀れだ。教えてあげましょう。あそこの長屋の大家は、しみったれだとかケチとか貧乏だとか貧乏神の権化だとか……まったく不憫でならねえ」
「ちょっと待て。確かにここは貧乏長屋だ。ケチとかしみったれと見えることもあるかもしれない。しかしなんだ、おれが貧乏神だと?」
「いや貧乏神の権化です。ただの貧乏神じゃなくて、権化です。貧乏神の中の貧乏神です」
「そんな細かいことはいい。どこの長屋のもんだ、そんなことを言ってるのは」
「え? 俺たちですよ」
「……ちょっと待て。話がおかしいぞ。お前らが陰で俺のことを悪く言ってるのは察しがついてる。しかし、言ってる本人たちが、その相手を憐れむってのは道理がおかしくないか。え?」
「いや、わかってんですよ。どうして大家さんが貧乏神の権化かって」
「ついに言い切りやがったな」
「俺らがきちんと店賃をもってかねえからです」
「なんだ。わかってんじゃないか」
「ええ、だからね、大家は不憫だってみんなで言ってたんです」
「そういうことか。なんか複雑な気持ちだな。憐れんでくれんのはいいが、その気持ちの半分でいいから店賃を払おうってほうにむけてくんないかね」
「そりゃできません」
「きっぱり言うやつがあるか」
「おれらが店賃を払ったら、貧乏長屋の名がすたる、貧乏神の権化の顔に泥を塗ることになる。それはできない」
「むちゃくちゃな理屈だよ。お前らはとんでもなく頭のいい詐欺師なんじゃないかい? まったく。ああもういい。俺のことを憐れんでくれる気持ちだけ受け取っておくよ」
「ただ花見はしっかり盛り上げる」
「おお、その花見の件だがな。今年こそほんものの酒を飲ましてやりたいと思ってな」
「お、まさかその酒樽、お茶じゃねえのか」と熊、酒樽を開けて人差し指をつっこみ味を確かめる。「うむ、見事な渋口。薄めたお茶だ」
「なんだー。ほんものの酒が入っているのかと思ったぜ」
「最後まで話を聞け。その中身は去年と一緒、番茶を水で薄めたもんだ。ただな、ちょっと一計を案じてな、うまくいけば、それがほんものの酒に変わる」
「?……やっぱりうちの大家は不憫だ、憐れだ。とうとう気がふれちまった……」
「お前らよりはしっかりしてる。まあいい。段取りは向こうで話す。さあさあみんな協力して荷を運んでくれ」
かまぼこもどきと玉子焼きもどきが入った重箱、酒樽に毛氈(もうせん)もどきのムシロ、そしてめいめいに湯飲みを手分けして運ぶ。
去年と同じ、花見の名所向島に着く。
「たいへんなにぎわいだ」
「みんないいナリしてますね」
「着物はしょうがあるまいが、着物が花見をするわけじゃない。着物がボロでも粋な花見をしよう」
「さあさあ、このへんにしよう」と大家。
「え? 今年もこんな土手の下のほうでやるんですかい? 桜から遠いですよ」
「ええ。ええからここでやる。毛氈を敷きなさい。……さあ無礼講じゃ。空になるまでどんどん飲みなさい」と大家。
「何が無礼講だ、お茶じゃないか」
「おい、忘れたのか? これは不憫な大家さんのためだ」
「あ、そっか。じゃあ、貧乏神の権化に乾杯」
「余計なことを言うな。いいかい、風流な花見をしておくれ、んで、早々とその酒樽を空にしてくれ。さあさあどんどん飲んでおくれ」と大家。
「チッ。何が風流だ。お茶じゃ、ちっとも体があたたまんねえ」
小声で文句は言いながらも、”お茶け”をグビッ。かまぼこもどきと玉子焼きもどきを口につめこんでは”お茶け”で流し込む。長屋連中なかばヤケだが、外から見れば「飲めや踊れや」の立派な花見。
「あー不思議なもんだ。ヤケになっているうち、いい気分になってきた」
「そうだろう、そうだろう。何事も心持ちが大事なんだ」と大家。
「大家さんの言うとおりだな。お茶でも気持ち次第で酔った気になれるんだから、毎月店賃の気持ちだけもっていけば、大家さんも店賃受け取った気になるに違いない」
「そういうとこだけ知恵を使うんじゃない」
「ああそれにしてもちっとも体があたたまんねえから、小便したくなってきた。ちょっくら失礼」と一人が座を外して草むらで立ち小便しようとする。
「おいおい待て。こんな見事な花の前で、立ち小便なんて風流じゃない」と大家、大声で言う。
「って言われたって、こんなにお茶……じゃなかった酒飲んだら小便もしたくなる」
「わかっとるわかっとる。ちょっと待て。おい、酒樽はもう空か?」
「へい、もう空です」
「よし、それに小便せい」
「は?」
「だからその酒樽に小便せい。そのままじゃ風流じゃないから毛氈で囲いを作りなさい」
何がなんだかわからない長屋連中、大家の指示通り、担ぎ棒などを工夫して酒樽の周りを毛氈もどきのムシロで囲う。
「さあここでしろ」と大家。
我慢していたやつは、わけがわからずも、いい加減もれそうだからムシロに囲われた酒樽に小便をする。
それを見て他の連中、「これは雪隠の代わりか」と納得。
大家、「花見で野雪隠なんて風流じゃない」と大きな声で言う。
人はつられるもので、それを見た他の連中も催してくる。次々に仮設の雪隠へ。
その度に大家、「花見で野雪隠なんて風流じゃない」と周りに聞こえるように言う。
すると周りの花見客にも、つられた人、そこらへんで済ませようとしていたが気まずくなった人、人目を気にして我慢していた女たちがおずおずと訪ねてくる。「雪隠を貸してくれ」と。
しまいには、「心ばかりのお礼」と銭を置いていく裕福な花見客まで現れる。

そうこうするうち、宴もたけなわ、樽はいっぱい。
大家の指示で、今月の月番と来月の月番、樽を担ぐはめに。
「なあ、熊さん、どうして俺たちはこんなに担ぐのに縁があるのかなあ? 去年はムシロを運んで、その前は屑屋の婆さんが死んだときだ」と先棒の六。
「縁があるったってよ、まさか肥樽を運ぶことになるとは思わなかった。ああ臭え」と後棒の熊。
どうやら樽にいっぱいになった肥を売って酒を買う算段。水運が発達していたとこでは肥を船で農家まで運んでいた。その肥船が着く荷積みの河岸まで担ぐ熊と六。
「もうちょっとだ、さっさと受け渡そう」と先棒の六が急ぐ。
「おいおい、急に速くすんじゃねえ。ちゃぷんちゃぷんこぼれて、おれにかかるじゃないか。おい、聞いてんのか、もっと丁寧に……うわっ手についた」と後棒の熊。
「気にすんな。こぼれた分はあとでおれらが足せばいい」
「そういうことじゃねえ、バカ! ……って、ゲッ、ペッ、おい、叫んだら口に入っちまったじゃねえか、ペッペッ。ああもう自棄糞だ。急げ急げ全力だ」
「何言ってやがる。ヤケクソじゃないナマグソだ」
「うるせえ、くだらねえこと言ってんなら、後棒やれ」
なんてことを言ってるうち、河岸に着く。

「作付けの季節だからね、助かるよ」と肥取り。
「そうかい。高く買ってくれよ、ここまで運んだんだしな」
肥取り、樽を覗くと、
「高く買ってやりたいが、これはダメだ。尿ばっかだから値は低いよ」
「何? うそだろ? ここまで運んできたんだぜ。尿ばっかって言ったって、豪華に花見なんてできる裕福なやつらの小便だ。ほんものの酒飲んで、ほんもののかまぼこや玉子焼きを食ってるやつらだ。今日はとりわけ上等なものを飲んで食ってる。いいもん出てると思うぜ」
すると肥取り、樽に人差し指をつっこみ、それを口の中へ。
「おいおい何してんだ。これは、あれだぜ」
「んなことあ、わかってる。水で薄めて量を誤魔化すやつがいるんでね、確かめてんだ。……うん、問題ねえ、薄めちゃいねえな。それに、確かに、いいもん食って飲んで出たもんだ」
「わかるのかい?」
「色、臭い、味。一目、一嗅ぎ、一味見ですぐわかる」

そうやって売れた金に、貸雪隠の感謝でもらった予定外の銭で、思いの外いい酒を買い込んで再び花見へ。
「いやいやこの間はご苦労だった。ほんもののかまぼこと玉子焼きは用意できなかったが、おかげでこうして上等な酒を用意出来た」
「小便が酒に変わるとは」
「おい、そんな言い方したら飲む気なくなる」
「いやすまん、ただ大家さんの知恵は見事だって言いたかっただけだ」
「なに、おれは考えただけ。働いたのはおまえたちだ。さあ遠慮なく飲め」と大家。
「確かにそうだ。遠慮はしない。しかし、この酒の元をたどると……」
そう長屋連中、口々に言うなり、いまいち酒が進まない。
「別に小便から酒を作ったわけではあるまい」と大家笑う。続けて「特に一番骨折ってもらったのは熊さんと六さんだ。じゃあ、まずは二人からグッと飲んでくれ」と熊と六の湯飲みに酒をつぐ。
すると熊、湯飲みに人差し指をつっこみペロリと味見。
「どうした? 熊」
「いや、薄めてないか確かめようと……うん、問題ねえ、上等な酒だ」
「ははは。薄めてもいないし、お茶でもない。ほんものの上等な酒だ。見ろこの色。上等な酒というのは黄金色をしておるんだ。さあ飲め飲め」
「そう言われるとますます憚りたくなる」

 

 

─ おしまい ─

 

 

▼もとになった『長屋の花見』は、これで読めます▼

落語百選―春 (ちくま文庫)

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