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スラップスティック小説『みんなボブヘア』

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空前のボブヘアブームと言っても過言ではあるまい。
いや、もはやルールと言うべきか。
なにしろ、私以外みんなボブヘアなのだ。
女だけではない。男も子どもも。老いも若きも。老若男女、ボブヘアなのだ。
時の移り行きはここまで早いものなのか。
うつ病で2ヶ月仕事を休んでる間にこんなことになっていようとは。

私は上司からのパワハラ、同僚からの嫌がらせ、部下からのさげすみ、客からのクレームに耐えかね、休職をよぎなくされた。悲しき中間管理職、〆村勉44歳独身、衝撃のうつ病デビュー(復帰未定)ってわけだ。

家に引きこもり、久々に外に出て、近場のマックに入ってみたらこれだ。
ショートボブ、ゆるふわボブ、マッシュルーム、おかっぱ……大なり小なりみんなボブ。
スタッフはもちろん、ドナルド・マクドナルド人形も赤毛のボブだ。
ん? ドナルドさんはもともとだっけか?
まあいい、とにかく私以外全員だ。
私はと言えば、ボサボサの七三。
大きな声では言えないが、いや小さな声でも言いたくないが、できれば認識すらしたくないが、薄くなってきた頭頂部を隠すための七三である。

 


この2ヶ月の間にいったい何があったのだろう。
ブームという言葉では形容しきれない事態。
法律でもできたのだろうか? ボブヘア義務化強行採決
まさか。
テレビも新聞も見てなかったから、その間に?
しかし、そうだとしても誰も七三の私を気にかけていないのは変ではないか。もしそうならこの七三は犯罪級ではないか。
そう考えると不安・動悸・発汗の三重奏。
せっかく良くなってきたうつの症状が出てきた。まずい。一旦帰ろう。
頭をさり気なく隠し、家に帽子あったっけかな?と考えながら店を出た。

すれ違う人、みんなボブ。
それに戸惑う挙動不審な〆村勉44歳独身中間管理職(仮)。こんな事態を気にしているのもおそらく自分だけのようだ。
すると前方の角から、黒く丸い塊が転がってきた。
フワッとした感じのものが、コロコロってうか、カサカサっていうか、サササァーていうか、なんか見たことありますこの感じ。
あー、あれだ。西部劇! 荒野を転がる草みたいなものの塊。決闘するガンマンの背後にちらっと出演するお決まりのあれ。
なっていったか。気になって調べたことがある。
確か日本語に訳すと「回転する草」とかいう……
思い出した、タンブルウィード! そう、それみたいだ。
西部劇的世界。ガンマンになった気分。ジョン・ウェインクリント・イーストウッド
一度でいいから、酒場のスイングドアをバーンって開けて拳銃を撃ってみたかった青春時代……とすっかり忘れていた童心を思い出し、思考の9割を西部劇のヒーローになっている自分が占めている。気づくと黒いタンブルウィードもどきを無邪気に追っかけている痛いおじさんな私。
残り1割は「こういうつい調子にのってしまうところが会社でうまくいかなかった原因だったののではないか」という反省だったのだけど、久々に取り戻した「生きてる」っていう実感が私を走らせる。
「おっさん、やめとけ」
私の無邪気な疾走をとめたのは、強面の屈強な男。隣には華奢な若い女。
私 「え? 何? 誰? 私の記憶が確かならば一度もお会いしたことないと……」
女 「あれは危険よ」
私 「タンブルウィードもどきのこと?」
男 「俺らはボブ玉と呼んでいる」
私 「ボブ玉? 何ですか、それ?」
女 「知らないの! マジ? 説明が必要ね」
女はタブレットを自由自在に操りながら、私に説明しはじめた。
言葉遣いはひどいが、カジュアルな口調の見事なプレゼンだった。こんな奇妙奇天烈な事態を実にわかりやすく。
あーこんなプレゼン能力があったらもっと仕事がうまくできたのに、と私はうらやんだ。
それはいいとして、女の説明によるとこういうことだ。

「スーパーエナジーマッシュルーム」というものが関係しているらしい。
高血圧、アンチエイジング、便秘……など、とにかくなんにでも効くという新種のきのこが発明され、あっという間に世界を席巻。大ブーム。ソテーはもちろん、ドリンク、ゼリー、ふりかけ……あらゆるかたちで食されているとのこと。
それがこのわずか2ヶ月間の出来事。
そして、どうやらそのきのこの副作用でボブヘアになっているらしいのだ。
「じゃあ君らはなんでボブヘアじゃないの?」と女に問いかけた。
女 「あたしは昔からの生粋のきのこアレルギー。そのおかげでこうして無事なわけ。あ~んど、ひきこもりだから、相棒のPCさんでいろいろ調べたの」
男 「俺はボクサーでね。減量中でほとんど水くらいしか口にしていなかったのさ」
私 「そうか、なるほどね。私はこの2ヶ月買い物もせずありものや非常食の缶詰とかだけで生活してたからか。しかし、ボブヘアになるくらいで健康になるんだったら問題ないのでは?」
女 「何言ってんのお。おじさんの場合、頭頂部だけハゲてるボブになるのよ」
私 「う! なんでわかった」
女 「わかるわよ。向こう側が透けてるもの」
私はとっさに頭を手で隠した。
女 「おじさんの場合、透け感のあるボブになっちゃうよ。ありえなーい。うけるー。もうボブっていうかあ、逆にぃ、フランシスコ・ザビエル? ほら手を前でクロスさせて、斜め上を見て。きゃはは。うけるー。布教してー」
〆村勉44歳独身中間管理職(仮)、うつ病グングン悪化中。不安・動悸・発汗のハーモニー。
私 「な、なんなんだ、キミ。し、失礼だな。バカにするな。なんだその物言いは。それにあれだ、ボブの逆がザビエルってどういうことだ! えぇ?」
女 「怒んないでよ。冗談よ。ボブヘアになるくらいならいいわ。でもほっとくと、どんどんボブ化が進行して頭全部が髪の毛で覆われ、しまいにはあれになってしまうの」と黒いタンブルウィードもどき、ボブ玉を指さした。
私 「えええ! あれ人? もとは人だったの?」
それはとんでもない。とんでもない事態だ。
〆村勉44歳独身中間管理職(仮)、わずかにあった義侠心メラメラ燃焼中です!

女の名はスミレ。スーでいい、とのこと。男はユタカと言うらしいが、女にゆたぽんというギャップあり過ぎのニックネームで呼ばれている。しかもまんざらでもなさそうだ。で、私はというと、ザビエルになりそうだったので、断固抵抗。とりあえずシメリンで妥協した。
妥協とは言え、部下にも呼び捨てにされていたので、悪い気はしない。思えば、ネガティブ表現ゼロのニックネームは初めてかもしれない。ちょっとうれしい。
そんなこんなで世界をボブ化から救うべく、賢者スー、戦士ゆたぽん、そしてシメリン44歳独身勇者(仮)の三人は渋谷に向かった。
「スーパーエナジーマッシュルーム」の発明者Dr.ボンドの組織の本部が渋谷にあるというのだ。
その道中、車窓から見える光景はおぞましいものだった。頭全部がボブ化した人々。大きなボブヘアに手足が付いているだけの状態になっている末期の人々。
そして無数のボブ玉が渋谷に転がり向かっている。西部劇のタンブルウィードのごとく。

渋谷につくと、もっとおぞましい光景が待っていた。
カリスマ美容師にもどうにもできないだろう規格外にボリューミーなボブの持ち主たちがふらふらしていた。彼らは次々とボブ玉に変わっていった。その無数のボブ玉を巨大な虫が、まさにフンコロガシのごとく後ろ足で運んでいた。
運び先は渋谷のスクランブル交差点。普段なら通行人が団子状態になっているところには、直径10メートル以上はある巨大なボブ玉が鎮座していた。その巨大ボブ玉は虫が運んでくるボブ玉を吸収していった。
巨大ボブ玉から粉のようなものが飛散している。
「胞子よ。シメリン、早くこれをして」とスーちゃんが私にマスクを手渡し、ゆたぽんもマスクをした。
「あれを吸い込むと急速にボブ玉化がすすむの。気をつけて」
すると、交差点の周りのビルの大型ビジョンが光った。
「あ! あいつがボンドよ」
複数の大型ビジョンにボブというかおかっぱ頭のメガネをかけたおじさんが映っている。
「どーも、Dr.ボンドでーす。ボンちゃんでいいよ」
私 「あれ? あんな軽いノリのおっさんがラスボス?」
スー 「あたしは画像でしかみたことないけど、みたい……だね」
ボンド 「はい、そこの女の子、正解。私が悪の権化です。いろいろ説明するの面倒だから、さっさと君たちもボブ玉になっちゃいなさい。はい、じゃあ交替。あとよろしくー」
するとポップな効果音とともに映像が切り替わり、「メガボブ玉とボブ玉コロガシがあらわれた!」と映し出された。
メガボブ玉が、ボブ玉コロガシに転がされ、私たちのほうに向かってくる!
大型ビジョンには、

>> コマンド? たたかう/にげる/どうぐ/じゅもん

「え?なにこれ? 妙に懐かしい。どうする?」と後ろを振り返ると、ダッシュで逃げていく戦士ゆたぽんの小さな後ろ姿。
「うそーーん。そんなことある? 仲間に誘ったのあなたですよね。しかも速ッ! さすがボクサー、って感心してる場合じゃない」

>> シメリンは なかまに にげられた!

「はい、わかってます。スーちゃんは? どこ? あれ、いない。スーちゃんも逃げっちゃたのぉー。っていた。何してんの?」
スーは物陰で座り込みタブレットに没入状態。声をかけても返事なし。

>> スーは ひきこもった!

「え、この場面で? そんなコマンドないよね?」
スーは無言。
「そっ かプレッシャーに弱いんだね。過剰にまわりの期待を感じて逃げたくなるタイプだね。うん、なんかわかるよ。でも意外とそんなに周りは期待してないんだよ ね。あ、これ私の場合ね。職場じゃあ、全然期待されてなかったから。もう、もう少し期待してって思っちゃうくらい。まあ、期待されても見事に裏切っちゃう んだけどね。アハハ。私はスーちゃんに期待してるよ。あ、でもでもまったくプレッシャーとか感じなくていいから。あれ、むしろシメリンのくせに上から目線 で期待するなってか? だよねだよね。すぐ調子のっちゃうの私の悪い癖。ごめんなさい。んんーっと、とにかくね、大丈夫、明けない夜はない。スーちゃんは 頭いいんだし、いつか情熱をもって取り組めるものが見つかって社会復帰できるから……って励ましてる場合じゃない。どう? 結構な緊急事態なんだけど、今 すぐ社会復帰できる?」
スーは無言。タブレットのディスプレーの明かりが照らすスーの顔に表情はない。
「だよね。無理だよね。ごめん、シ メリンが悪かった。自分探しだよね。見つかるといいね。やまない雨はないから。ただ、ほんとうの自分が見つかったら、シメリンを助けてくれるかな? いい ともー!……なんつって。全然おもしろくないね。申し訳ない。干渉するなって感じだよね。もう邪魔しません」
さてさてシメリンどうする?
「たたかう」は無理無理。「どうぐ」は……抗うつ剤しかない。「じゅもん」は……得意のじゅもんだしちゃうか。何度も私の窮地を救ってきた必殺のじゅもん。

>> シメリンは モウシワケゴザイマセン をとなえた!

>> メガボブ玉とボブ玉コロガシ にはきかなかった!

そうりゃそうだよね。うん。会社でも言われたなあ、「〆村くん、いつもいつもモウシワケゴザイマセンばっかりで、謝って済むと思ってんだろ! スキルをあげろ!」って。
しかも相手モンスターだし。
というわけで「にげる」!!!
私は踵を返しダッシュ。膝と腰が痛いけどダッシュ。軽く酸欠状態だけどダッシュ。

>> しかし まわりこまれて しまった!

もう一回「にげる」!!!
メガボブ玉は追っかけてくる。
あれ、これなんか見たことある。なんだっけ? と走りながら考える。
あれだ! インディ・ジョーンズ! インディが岩石に追っかけられるシーンみたい。
「シメリンあらため、ハリソン・フォードです。HELLO、ニホンノミナサン、アリガトゴザイマース」
って調子にのってる間に目の前真っ暗。
メガボブ玉に飲み込まれたらしい。
こういうとこだね。自分の短所がはっきりわかった。しっかりこの点を気をつけていれば職場復帰してもうまくやれるかも。でも、職場復帰の前にまずこっから出ないとね。
でもなんだろう、この中とっても心地いい。
なんて言えばいいんだろう、言うならば、甘いニュアンスのゆるふわウェービーなモテ感UP愛されボリューミーなボブヘア……って感じ!?
あああ、我を忘れそうだあ。忘れる前に薬飲んどかなきゃ。もう服用の時間だ。
「えっと、抗うつ剤は……ない。え、ない? ポケットにいつも入れているのに。ない。落とした? ダッシュしたとき落とした? ないよ。どこにもない。まずい。まずいよー。あれないと眠れない。どうしようどうしよう」
〆村勉44歳独身勇者(仮)、不安感グングン上昇中、自殺願望フツフツ沸騰中。不安・動悸・発汗のシンフォニー。
うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ドンッ
スクランブル交差点の真ん中に尻もちをついていた。
あれ? ボブ玉から出れた?
大型ビジョンには、

>> シメリンは メガボブ玉を たおした!

す るとDr.ボンドが「いやーまいった。キミにそんな魔法があるとはね。ボブヘアは湿気に弱いんだよ。まとまりがなくなるからね。今回はボンちゃんの負け。 じゃあ、バイバ~イ」と言って消えた。ボブ玉はくずれ、膨大な量の髪の毛が排水口に流れ落ちていき、たくさんの人が倒れていた。
この汗のせい?  勝ったの? 勝ったんだ。私が世界を救ったんだ。怪我の功名。うつ病よ、ありがとう! シメリンさいこおォォー!!!

>> シメリンは じしんを てにいれた

〆村勉44歳独身オッチョコチョイな中間管理職、坊主頭で職場復帰、職場の評価ジワジワ上昇中!



― おしまい ―

 

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