読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

LIFE DRIPPER

「くらしのしずく」-日々のくらしから抽出された発見やアイディア-をお届けします

恋愛奇譚『この星の恋愛事情 ミチルの場合』

スポンサーリンク

Untitled

トイレに駆け込み、扉を閉めて思った。これじゃ嬉ションする犬だ。
「でも仕方ないよ、ミチル」
私はいつもそうするように自分に話しかける。「こんな幸せなこと信じられる? かっこよくて、身長が高くて、それでいてとびきりやさしい。しかも趣味も合う。 こんな理想的な人から告白されて、しかもプロポーズされるなんてありえる?」
三ヶ月前から付き合っている彼に喫茶店に呼び出された。マイナス思考の私は別れ話も覚悟していたが、なんとプロポーズ。思考停止で返事できずに、思わず「ちょっとトイレ」と答えてしまったのだ。

「あんな完璧な彼がこんな私にプロポーズなんてありえない。うん、ありえない。夢だ」
両頬をつねる。むにッ。土俵入りする力士みたいに頬を叩く。パンッ。痛い。けどこれくらいの痛みじゃ信じるに値しない。耳を引っ張る。ギューッン。まだまだ検証には物足りない痛さ。アンビリーバボーな状況を信じるためにはアンビリーバボーな痛さが必要だ。
ヒールを脱ぎ、目をつむる。思っきり洗面台の角をキック。グャン。
NNNNNッッあああッ
右足の小指をおさえながらうずくまる。痛い、痛いよ。
「ミチル、これは夢じゃない!」
うん、そうみたい。こんなに痛いんだ、夢じゃない。痛みは波のよう。寄せては返す。鼓動とシンクロする。私はここにいる。これは現実。右足小指発のズキズキが胸でドキドキに変わる。涙は嬉し涙に変わる。
「まったく何してんの、ミチル。早く戻って、お願いします、と返事しなきゃ」
そうだ。そのとおりだ。でも待って。そしたら私は彼と結婚するってことでしょ? そしたら、そしたら、私、幸せになっちゃうんじゃない?
「そうよ。もう絵に描いたような幸せ」
いいの? こんな地味で冴えない女が。
「いいに決まってるじゃない。今までの不幸は今日のためにあったのよ」
そうか。そうだったんだ。私はシュッと立ち上がる。
味 のしない家族との夕食。「どこか遠くへ連れてって」と夜空に願っていた子ども時代。愛想笑いの技術を磨いた学生時代。いつだって私の周りだけ酸素が薄かっ た気がする。よく「子どもの頃に戻れたらなあ」なんて嘆く人がいる。私はめっそう御免。過去へのタイムマーシンなんてノーセンキューだ。あんな時代に戻り たくない。かといって今も御免だ。働き出して、家を出ても、変わらなかった。家族の代わりに職場が酸素を奪う。通勤は登山だ。会社が近づくにつれ、高山病 の症状が出る。二回の恋愛は、騙されて終わった。何一ついいことなんてなかった。そのうち私は低酸素でも生きていく哲学を身につけた。それは「何も望まな い」ということだ。
「でも、それももうおしまい。望みなさい」
うん。私はトイレの扉をパーンと開け、歩き出す。
彼の前に座りなお して、「お願いします」と言うんだ。それだけで今までの人生にピリオドが付きすべてが変わるはず。そうだ思い出した。占い師に言われたのだ「前半生は不幸 な星のもとにありますが、この先、星回りがよくなります」と。全然実感なかったけど、これだ。これだったんだ。この星回りをはなしてはだめだ。

「ごめんなさい」私は彼の向かいの席に戻った。
「大丈夫? 具合悪いの?」
「大丈夫です。具合悪いとかじゃないんで。本当にごめんなさい」
「突然プロポーズなんてしてしまったから、気を悪くしてしまったのかと。ごめんなさい」
「違うの。ちょっとびっくりしちゃっただけ」
「ならいいんですが……。急にごめんなさい。なんていうか、焦ってしまって。早くミチルさんと一緒に……。返事は今じゃなくていいです。でも、できれば早いほうがいいんですが……」
「ううん。今する」
「えッ」
「えーっと、えっと……お願いします」私は頭を下げた。目の前に飲みかけのコーヒー。褐色の水面は波立つことなく鏡のよう。そこに映るのは紛うことなき私の自画像。
「よかったー」
彼は安堵の笑みを浮かべた。なんて優しい笑顔。すごい。高濃度の酸素。大量のマイナスイオン。血の巡りがよくなって足の痛みがぶりかえす。ズキズキ、そしてドキドキ。ギュンギュン血の巡りも星の巡りもよくなってる。
「さっきね、トイレで足の小指をぶつけちゃったの。ドジだよね、私。あーなんで小指ってこんなに痛いんだろね」
私は照れ隠しでどうでもいい話をした。「ミチル! プロポーズ後の話題がこれ?」あーそうだ。全然ロマンチックじゃない。結婚式はどんなふうがいいとかそんな話だよね、テンパりすぎ、私……。
「それは大変!」と彼は立ち上がろうとする。
「あ、大丈夫、大丈夫。ちょっとぶつけちゃっただけだから」私は慌てて両手を伸ばし、彼に立つ必要はないと制止する。
「そうですか。それならいいですが。無理してないですか? 僕には正直でいいんですからね」
「え、あ、うん、大丈夫。よくあること。なんできまって小指なんだろうね」
「ぼくは一度もないのでよくわからないです」
「うそ? 一度も? タンスの角のぶつけたりしない?」
「はい」
「私は数えられないくらい」
「そうですね。よくぶつけますよね」
「え? あ、ドジっぽく見える? あーもうばれちゃったかあ。私ほんとドジなの。自分でもやんなっちゃうくらい」
「ええ、知っています」
「え……。やっぱそう見えますよね。はあ、ごめんなさい。そうなんです。ドジで、地味で、卑屈で……。本当にこんな私でいいんですか?」
「もちろん」
彼 は即答した。一流テニスプレイヤーのスマッシュ並みの即答。微塵もためらいがない。なんて心地いいスマッシュだろう。先輩のしごきに耐えかねて一週間でテ ニス部を辞めたことを思い出す。あの悪意に満ちたしごきのスマッシュとは大違いだ。こんなスマッシュならもっと受けたい。
私はここぞとばかりに、今までのありとあらゆるドジで間抜けなエピソードを繰り広げた。
そして言う、「本当にこんな私でいいんですか?」
「もちろん。そういうミチルさんが好きなんです」
スパーンッ! 胸元に食い込むスマッシュ。クラッときた。
幸 せだ。今までの人生で一番幸せだ。もっとも二番目に幸せだったことが思い出せない。しいて言うなら、アイスの「当たり」で交換したアイスがまた「当たり」 だったことくらい。実にレベルが低い。あとは辛いことばかりだった。でも今日で不幸の峠も越える。峠の向こうは、きっとバラ色、キラキラの星回りなはず だ。
心の扉はパカーンと全開になった。
私は、今がいかに幸せかを彼に伝えたかった。親に愛され、ほどほどに友だちがいて、いじめられたこ とがなく、クラス全員から無視された経験もなく、金の無心や暴力もなく何度かの恋愛を繰り返してきた女性がプロポーズされたときの幸福感とは比べにものに ならないんだ。それを彼にわかってほしい。その衝動にかられてついつい、今までの辛い人生を赤裸々に語ってしまった。
何一ついいことなんてない人生だったけど、あなたのプロポーズでその分を全部取り返せる。ほんとにうれしい。ニッコリ微笑んで言った。重くならないように笑い混じりにしたとはいえ涙がこぼれ落ちそうだった。
「……」
ノー スマッシュ! 返ってきたのは、まさかの無言。あれ? 私間違えた? 調子づいて余計なことを……。きっと卑屈で根暗で、触るとたたりがありそうな不幸な女だと思われたんだ。オワッタ。ああ、身代わり不動尊としてでもいいか らそばに置いておくれーー。いい働きするよ、あらゆる不幸を身代わっちゃうんだから……。
あー消えてしまいたい。
しかし彼はまだ見捨てたわけではなかったのかもしれない。うなだれる私の手に、彼は手を添えた。手が急速に温まる。
「本当に何一ついいことなかったのですか? 一つも、ですか?」
彼は真剣な眼差しで見つめた。その鋭い眼差しから出る光線が心の中の卑屈な自画像の裏を照らしだした。
「あります」
思わず、私はそう答えていた。
「教えてくれませんか?」
彼は優しく言って、添えていた手で私の手を握った。

あれは9歳の夏休み。
宿題の絵日記。
─夏休み1日目。大きな流れ星を見た。お願いごとをした。
─夏休み7日目。しらすの中から小さなタコと緑色のイカみたいのを見つけた。緑色のものは、お母さんは捨てなさいと言いましたが、珍しかったので取って自分の部屋に持っていった。タコは食べました。
─夏休み8日目。昨日見つけた緑色のものを虫眼鏡で観察した。かわいかった。

緑色で、カエルのような頭に大きな眼、イカやタコみたいな触手が4本生えていてる生き物の絵。服と蝶ネクタイを付け足して描いた。
─夏休み9日目。今日も観察。えんぴつで突いてみた。目を開いて、パチパチした。するとパッと消えてしまった。探したけど見つからなかった。悲しい気持ちになりました。
─ 夏休み14日目。お庭に水をあげなさい、とお母さんに言われたので、ホースで水をまきました。最初、なかなか水が出なくて、蛇口をたくさんひねったら、水 と一緒に緑色の生き物が出てきました。たくさんの水が出たので、お庭に虹が出来ました。緑色の生き物がその虹の上に座ってニコニコしていました。虹が消え ると、緑色の生き物もいなくなってしまいました。わたしは水でびしょびしょになってしまったので、お母さんにすごく怒られました。
─夏休み15日 目。夢に緑色の生きものが出てきました。「ごめんなさい」と頭を下げていました。昨日自分のせいで、私がお母さんに怒られてしまったことを謝っているみた いでした。私は「気にしなくていいよ、そのかわりお名前を教えて」と言いました。何か答えてくれていましたが、目が覚めてしまいました。「ポ、パ、 ピ……」とだけ聞こえたので、ポパピンという名前にしました。
─夏休み16日目。夢にポパピンが出てきますように、とお願いしながら寝たけど、出てきませんでした。別の夢を見ました。起きたら忘れてしまったのだけど、とても悲しい夢でした。
─夏休み17日目。夢にポパピンが出てきました。起きたら忘れてしまったのだけど、とても楽しい夢でした。
─ 夏休み18日目。今日はプール開放日でした。あきこちゃんから一緒に行こうと誘われました。私は水泳が苦手なのであんまり行きたくありませんでした。だけ ど、行ってよかったです。なぜならプールの中でポパピンと会えたからです。もぐってポパピンを追っかけたりして遊びました。とても楽しかったです。
─ 夏休み19日目。シャボン玉で遊びました。自分で石けん水を作りました。最初はすぐに割れてあんまり飛ばせられませんでした。だけど、途中からポパピンが 来て、シャボン玉をあおいだり持ち上げたりしてくれました。すごく遠くまで飛ばすことができて、とても楽しかったです。
─夏休み21日目。今日は 一人でお留守番をしていました。お父さんもお母さんも返ってくるのが遅くなるから、一人で寝なければなりませんでした。夜の歯磨きのとき、歯みがき粉の チューブからポパピンが出てきてびっくりしました。寝るまで一緒に遊びました。一人で寝るのは怖かったけど、ポパピンのおかげで怖くなくなりました。
─夏休み25日目。朝起きたら、朝顔が元気がありませんでした。このままだと枯れてしまうと、困っていたら、ポパピンが現れ、朝顔が元気になる方法を教えてくれました。置いている場所を変えたり、肥料をあげたりしました。
─夏休み28日目。朝顔がまた元気になりました。よかったです。
─ 夏休み38日目。算数の宿題をやりました。ドリルは半分くらいしかやってなかったので、終わるか心配でしたが、途中からポパピンが手伝ってくれたので大丈 夫でした。ポパピンの手がたくさんになって、計算を教えてくれました。割り算が苦手だったんだけど、ポパピンのおかげで好きになりました。

親 にかまってもらえず、友だちも少なかったあの当時の私にはポパピンは大切な存在だった。ポパピンがいなければ退屈な日記になっていただろう。憂鬱な夏休み の一日一日を楽しくしてくれた。それを絵日記に記録するのも楽しかった。当時の私はポパピンが現実なのか幻なのかとか考えもしなかった。楽しい友だちとい う存在以上の疑いを持つことはなかった。だから、私はそのまま絵日記に描いた。しかしそれによって、この楽しい思い出は一転、忘れたい痛々しい思い出に変 わってしまった。
夏休み明け。宿題を提出してまもなく、親が学校に呼ばれた。そして帰ってくるなり、私を泣きながら叱った。絵日記のことだった。 ふざけているのか、精神がおかしいのか、どちらにしてもいいことではなかったが、親はふざけて描いたということに着地させたいようだったので、私はふざけ て嘘を描いたと答えた。それだけではなかった。あきこちゃんらへんから、私が変だという噂が広まった。変なものが見える変なやつとか、嘘つきだとか……。
弱かった私は、「ポパピンなんていない。私はうそつき。うそをついてみんなを困らせてしまった」と自分に言い聞かせていた。そしてその罪悪感だけ残して、あの夏休みの記憶は心のずっと奥に後退していった。
このまま彼に話すことはできなかった。
私は、妖精のたぐいを信じてしまうタイプの子どもだったから、夏休みに現れたそれも信じた。しかもそれとの夏休みの思い出を幻と現実ないまぜのまま絵日記にしてしまったものだから怒られた、というふうにほのぼのする話に変えて、自嘲気味に話した。
「バカな子でしょ。アハハ」
多少変えたとはいえ、この話をしたのは初めてだ。彼に私のとっておきの秘密の話ができたことがうれしかった。でも同時、これで扱いづらい変なやつになってしまうかもしれない。特別な話をしているという高揚感は、話し終わると一気に冷めた。彼の反応が怖い。
しかし返ってきたのは意外なものだった。彼は満面の笑みで不安な私を迎えた。
「よかったよ」
「?」
「よかった。忘れていなくて」
「え?」
まったく予期していなかった答え。頭の中は疑問符の森。説明の仕方が悪かったのかしら……。
「!」
どういうこと? 緑色。なんで緑色? 私の手を握っている彼の手が緑色なのだ。しかも人間の手ではなく、触手。頭はパニック、体は硬直。
「僕の本当の名前はポパピエール・イカエルって言うんだ。隠していてごめん」
「……」
「もうなんとなくわかってきたと思うけど……」
「まったくです」無表情で答えた。
「そっか。えーっと、ミチルが子どものときに会ったポパピンは僕なんです」
彼はさらりと言った。照れの笑みを浮かべて。いやいや、こちらは照れるどころの騒ぎじゃないんですが。
続けて、彼は淡々と説明し始めた。
遥 か遠く惑星イカエルから太陽系の調査のためにきた。地球の調査できたとき、船が故障して海に落ちた。たぶん子どものミチルが見た流れ星は僕の船が落ちてい くところだろう。そこからは記憶がないけど、君の話によると漁船につかまって釜揚げしらすのパックにつめ込まれたようだ。助けてくれてありがとう。そのお 礼のために、宿題を手伝ったり、いつも寂しそうなミチルと一緒に遊んであげようと思ったんだ。楽しんでくれてうれしかった。途中からお礼はただの口実。僕 もミチルと遊ぶのが楽しくなった。でもそれが結果として裏目に出てしまって申し訳ない。地球人が地球外の生命体にこんなに無知で偏見を持っているとは思わ なかったんだ。
彼は「ごめんなさい」と頭を下げた。
こんな飲み込めない謝罪は初めてだ。謝る理由が「地球人が地球外の生命体にこんなに無知で偏見を持っているとは思わなかった」なんて、なかなかない。いや普通ない。そう思うとワクワクしてきた。
そ れにしても、いまだ頭の中は疑問符の森。もう密林。どうも、そもそも彼の話の前提が私の5mくらい頭上にある。惑星イカエル? 調査? イケメンの彼があのポパピン? やっぱポパピンは子どもの妄想じゃなくて実在した? それに、それに……この緑色のつるんとした手は何? 私はそっと手を引っ込めた。
なんの疑問から手をつけていいのやら。
「あのー。あなたはあのポパピンなの? カエルみたいな顔で、にょろにょろした手をした?」
「ええ」
彼 は言うと、腕を緑色の触手に変えてコーヒーカップを持ち上げてコーヒーを飲むと、また人間の手に戻った。「あんまり目立ってはまずいので、このへんにしま すが、どうかご理解頂きたい。ちょっとした雑学ですが、地球人の他の宇宙生物に対する偏見の大きさは、宇宙でもまれに見るレベルなんですよ。他の星の調査 団も地球は嫌がりますね。この間会った惑星の調査団はジャンケンで負けたからしかたなく来たって言ってましたね」
その雑学、使う場面ない。シカト。
「変身してるってこと?」
「まあそう言ってもいいですね。お気に召しませんか?」
「え?」
「この姿、お気に召しませんか? 僕はあなたの理想のはずなんです。調査に間違いがなければ」
「調査?」
「ええ。地球の調査と並行して、あなたのことも調査させて頂きました。ご存知ですよね? 何度かリスクを冒して姿を見せましたから」
「……もしかして、あのあともちょくちょく現れたのも現実だったの……」
「そうです」
そう実はポパピンはあの夏休み後も何度も現れた。しかし私はこれは幻だと言い聞かせた。落ち込んだときによく現れたので、ストレスが極度にかかったときの幻覚症状だろうということで自分を納得させていた。
幻覚じゃなかったんだ。
高校時代、苦手な化学の試験前日。ポパピンは分子模型になって、赤点の危機を救ってくれた。大学生時代のバイト、クリスマスに人がいなくて仕方なくシフトを引き受けたとき、仕事を手伝ってくれた。元彼の浮気の証拠のために、ケータイの暗証番号を解いてくれた。
「あ、ありがとう。ちゃんとお礼言ってなかった」
「いえいえ」彼は満足したようにニッコリ微笑んだ。「あれは調査のほんの一握りです。たぶん気づいていないだろうこともたくさんあります。例えば大学入試に向かう満員電車」
大学入試の朝? 特別なことって?
「忘れてしまいましたか……。普段は座れることのないに座れましたよね」彼は残念そうな顔をした。
私はしばし考えた。確かに満員電車ですぐさま気分が悪くなって……
「あー、もしかして席を譲ってくれた人!」
私は思わず指を指して言った。
「そ うです」彼は嬉しそうな顔を見せた。「あれ、意外と大変だったんです。始発駅から乗って席をとっておいたんです。乗る車両はだいたい見当ついてたのでよ かったのですが、どのへんの席の前にくるかはわからないので、あのときだけは仲間に無理言って協力してもらいました。ミチルさんがいた付近に座っていた人 はほとんど僕の仲間だったんです」
彼は自慢気に言う。得意になった彼は話を続けた。
「あとそうですね、就職試験の面接。なんか変わったことありませんでしたか?」
なんかあったっけ? 特別なことと言えば、苦手の面接が上手くいったことくらい……。
「もしかして、面接官?」
面接官は三人。そのうちの一人とすごく話があった。そのおかげで緊張がとけ、他の面接官との話もスムーズにできた。助かった、運がいい、と思った。
「そ う、そう、そう、そう! あの面接官は僕なんです。あれも大変だったんですよ」彼は興奮気味に言う。「あの面接官の人には当日体調悪くなるように、雨にぬれるように傘を隠したり、 寝室の空調を操作したり、お腹こわすように寝間着をめくったり、大変でした。で、首尾よく風邪を引いてくれたので、私が彼になりすまして出社して面接した んですよ。そうなると、ミチルさんの面接だけに出るわけにいかないから、何十人の面接もやるはめになって。来る人来る人みんな同じ話をするもんだから、全 員いっぺんにやったほうが効率いいんじゃないかって思いました。でもそういうことじゃないんでしょうね、うん。良い調査資料となりました」
どちらもありがたかったのは間違いない。しかし、素直に感謝の気持ちを示せない。
「もしかしてずっと? 9歳のときから?」
「まあそうですね。地球が火急の状況なので頻繁に調査に来ていたのです」
私はやっと意味がわかった。「僕はあなたの理想」 それはそうだ。彼は、ポパピンはずっと私のことを見ていたんだ。私のことを知り尽くしているんだ。私がどんな顔が好みだとか。趣味が合うのも当たり前だ。
気味が悪い。鳥肌がたった。
「なんで私のことを調査するんですか!」
「あ のときのお礼をしたかったのと、ミチルさんを見てると楽しかったからです。調査という言葉がよくないのかもしれません。僕の気持ちを、地球の言葉に置き換 えると……そうですね、ミチルさんに想いを寄せているとか、求愛行動とか惚れているとかのほうが適切かもしれません」
鳥肌は瞬時に引っ込み、私は溶けた。
「だ から」と彼は真剣な眼差しで言う。「ミチルさんには一緒に来て欲しいんです。緊急の事態が発生します。それにより、我々の調査を元にした予測によれば、地 球人は滅亡します。滅亡は言い過ぎかもしれません。現在の10万分の1から100万分の1になるでしょう。徐々にではありません。加速度的にです。だから あえて扇情的な言い方をしました。それだけ緊急な事態なのです。僕がこの姿でミチルさんの前に現れたのは、ミチルさんを救いたかったからです。一緒に来て 欲しいんです」
「どこに?」
「僕の星です。惑星イカエルです。あまり時間はありません。僕とずっと一緒にいて欲しいんです。来てくれますよね?」
彼は立ち上がり、私の手をとった。緑色の触手。
「実はもう船は呼んであるんです」
喫茶店の古びた扉のステンドガラスから強烈な光がザンッと差し込んだ。私は彼の触手を支えに立ち上がっていた。その拍子にテーブルの角に足をぶつけた。さっき痛めた右足の小指がまたズキンズキン痛み出した。これは夢じゃないんだ。
「ミチルさん、さあ急いで」
彼の触手が私の手を引っ張る。
ためらう私はつぶやいた、
「みんな、さようなら」
なぜか清々しい気持ちになった。すくんでいた足が光の方へ踏み出した。彼の背中だけが見える。そして大きな光の塊に包まれた。とても暖かい光。

 

─ おしまい ─

追記

Untitled

調子に乗って、本作に登場したポパピエール・イカエルをLINEスタンプ化しました。ぜひ使ってやってください。
あなたのそばにもポパピンはいます!
LINEアプリのスタンプショップで「惑星イカエルからの使者」で検索
またはLINEスタンプウェブストア→http://line.me/S/sticker/1117833