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LIFE DRIPPER

「くらしのしずく」-日々のくらしから抽出された発見やアイディア-をお届けします

理屈っぽい人が行動力・実行力をつけるためにはどうすればいいかと考えた結果

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若いころ、「行動力」が嫌いだった

行動力をつけたい、そう思っている人多いと思います。かくいう私もそう。ある程度年をくってからそう思うようになりました。

若いころは、むしろ「行動力」という言葉が嫌いだった。

学生時代まわりにひとりやふたりいたはずだ、大した考えもなしに無鉄砲に、思慮なく何かをやり、周りに波紋を残す奴。メディアで取り上げられる「10代なのに大人びたことをやる」奴。こういう奴が嫌いだった。

「若気の至り」=「行動力」なら、それがなかったぼくはベンジャミン・バトンのごとく若くしてすでに年老いていたのかもしれない。

「あのときは若かったなあ」的なエピソードは何一つない。悩み、煩悶し、考え、そうしているうち何もせずに時がすぎる。

いやいや、これも「若さ」の典型か。

こちらの「若さ」の持ち主は、「考えすぎ」「頭でっかち」とよく言われますよね。私も言われました。失敗しないように勉強し考える。リスクとコストをしっかり見積もる。これの何が悪い! 

でも、社会に出て、年を食って、思う。

成功例をたくさん学んだからといって成功しない」

ほとんどのことがやってみないと成功するかどうかわからない。やってみた後、後付で「コレコレだから上手くいった」「コレコレだから上手くいかなかった」ということがわかる。

これじゃ、嫌いな「行動礼賛」みたいだけど、「行動力」だけでいいなんて思ってない。今流行(?)の「PDCAサイクル」を動こしていくには、実行するだけでなく、結果の検証と実行プランの再設計が必要だから。

結局妥当な結論になるけど、両輪が必要なんだろう。

行動力・実行力をつけるには?

ここで書きたいのは、こんなことでなかった。

こういうなかなか行動にうつせない人はどうやって「行動力」をつけることができるか? だ。

こんな私のような人間からしたら、こんなタイトルの本思わず手に取らずにはいられないだろう。

『考える前に動く習慣』

Amazonで思わず、タイトル買いでポチってしまった。

で、せっかくなので読んだ感想を書いておこうと思った次第。

行動力を上げるためには考える前に動きなさい

著者は「升野俊明」という禅宗のお坊さんらしいです。

タイトルからして、「考える前に動く」ノウハウが書いてありそうですよね? 私もそう思って買いましたし。だから、本書に書いてることを一言で言っちゃいましょう。知りたいでしょ?

私なりに本書を要約するとこうです。

「行動力を上げるためには考える前に動きなさい。考える前に動くためには、考える前に動きなさい」!!!

そのまんま! 同語反復! トートロジー

あくまでも私なりの要約です。

悪く言うと、無内容です。「考える前に動くとこんな良い事があるよ」とか、禅語やいろんな偉人の言葉を引用して「行動力・実行力」は大切ですよ、って言ってるだけのように読める。「理屈っぽい人にかぎって実行力がない」っていうお決まりの説教まであるし。後半は、人間関係をよくする秘訣、よりよく生きる秘訣みたいな処世術の話だし。

俺らが知りたいことはそういうことじゃない! 聞き飽きたことばっかり!

タイトルに惹かれて手にとった人は、そう思うでしょう。

ちょっと意地悪く書きましたが、要は「考えずに動く」とはつまり「習慣」だということです。やりたいのにできないことも習慣化してしまえば、できるようになるし、やり続けることができる、ということです。

と書きつつ、論が堂々巡りしているように思えます。確かに「習慣」とは考えずに動くことでしょう。しかし習慣化するまでが大変なのではないでしょうか?

「考える前に動く」方法なんて考えているから行動できない?

結局、習慣化するコツは書いてあっても、肝心の始めの一歩を踏み出すにはどうすればいいかは書いていない。考えずにやれってことでしょうが、「考えずにやれるようになる」、つまり習慣化するまでが大変なのでは? たまに「勇気をもって踏み出せ」的なありきたりのフレーズも出てくるし。

まるで「考える前に動く」方法なんて考えているから行動できないんだ、と嫌味を言われているようで・・・。

確かにそうなのですが・・・。

後半いろいろアドバイスがでてくるのですが、ひとつひとつはなるほどとは思っても、そのひとつひとつが互いに矛盾しているものもあります。律儀にすべてを実行しようとすると、矛盾で逆に動けなくなるでしょう。

矛盾をそのまま受け入れる

そう、まるで禅の公案みたいです。

実際本書にはこう書いてあります。

禅では、何より「行動」することを重んじます。「禅即行動」という言葉もあるくらいで、その修業の基本は、同じことを理屈抜きで繰り返すということに尽きます。

へえ、そうなのか! と勉強になりました。これが禅のすべてではないでしょうが、本書を通すと、矛盾をそのまま受け入れつつ行動することが禅ではないか、と思いました。禅の公案は矛盾を受け入れる修業なのではないだろうか。

私などは、すぐ全体を体系的にとらえ、矛盾に目がいってしまうのですが、そうれはそれでいいとして、行動という点では、全体より部分に集中したほうがいいのではないか、と思った次第です。本書にそんなふうにかいてありませんが。

本書の中のアドバイスも、これはすぐできそうだってものから心がけていけばいいのではないかと。

矛盾や同語反復を利用する

理論派の人からしたら、矛盾や同語反復は憎むべきものです。私も、矛盾していることはやりたくない。理屈のない=同語反復なこともやりたくない。

でも一方で、ナンセンスな笑いやコメディが好き。その中には矛盾や同語反復がいっぱいある。笑いの中の矛盾や同語反復(意味もなく英語で言うと、パラドクスやトートロジー)は好き。←まさに矛盾!

今思うことは、本書を参考にしつつ、禅の修行だと思って、矛盾や同語反復を笑い以外でも受け入れていこうかなと。

例えば、毎日ジョギングをしようとする。やりたくない日もある。そんなときはすぐやりたくない理由が浮かぶもの。「今日は寒からやりたくない。寒いのにジョギングする意味あるだろうか」と。ネガティブな理由はたくさん見つかります。そんなときはこう考える、「習慣だからジョギングしよう」。

「習慣だからやる」。これは理屈で考えれば無内容に等しい。同語反復です。「やると決めたからやる」と似ています。これ以上深く考えない。「習慣だからやる」「やると決めたからやる」というポジティブなメッセージで、ネガティブな理由を押しやる。嫌なことは、いくらでもネガティブな理由が湧いてきてしまうので、「習慣だからやる」「やると決めたからやる」で思考をストップさせてしまう。

これは、今のところ私には結構効き目あります。どうしてこれをやらないといけないのかと考えないようにするわけではなく、行動の局面とは離すということ。行動の局面では「習慣だからやる」「やると決めたからやる」で思考を止めてしまう。すると不思議と動き出しやすくなります。で、熟考は別の局面にする。

個人的には、これで、タスクを処理する量が増えてきたなと感じます。

最後に本書からためになりそうな文を引用

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禅の修行の『基本は、「同じこと」を「理屈抜き」で繰り返す、ということに尽きます。毎日、毎日、寸分の違いもなく、坐禅を、読経を、作務を「身体」を使って繰り返していくことで、「考える前に動く習慣」を身につけていくのです。』

イングランドの劇作家・詩人のジョン・ドライデンに次の言葉があります。「はじめは人が習慣をつくり、それから習慣が人をつくる」』

『まず考えが先行してしまう。すると動けないのです』

『習慣化されれば、その行動を起こすのに気合もいらないし、頑張りもいらなくなる』

『行動するのに、いちいち「理由」を探さない』

アイルランドの宗教家・自己啓発家で、数々の著書もあるジョセフ・マーフィーはこんな言葉を残しています。「いままでと同じ習慣を続けるなら、いままでと同じ結果が出続ける」』

『鏡を見るーとても簡単なことですが、その効果は大きい。鏡を見る習慣を身につけることは、朝の自分の心の在り様を知り、毎日を上手に生きるための秘訣なのです』

『気分を切り替えるには、あれこれ考え込んでいてはダメです。気持ちが内に内に向かってしまうからです。とにかく「身体を動かす」こと。立ち止まってしまいそうなときこそ「忙しくする」ほうがいいのです。私がいちばんおすすめしたいのが、片付け(掃除)です』

『禅では、ものごとと「一つになる」ことを重んじます』

『明日のことをあれこれ考えすぎて、今日やるべきことをしないままに終わる、というのがいちばんいけません』

『100点をめざさない』

『やる気を上げ下げしない。仕事に高いモチベーションで臨む。とても重要なことですが、やる気をあまりかき立てると、必ず、その「反動」が出ます』

『自分の評価なんて、他人にお任せしてしまえばいいのです』

『プロゴルファーのタイガー・ウッズ選手は次のようなことをいっています。「他人の期待には応えるな。自分の期待に応えるんだ」』

『面倒だとか、面倒でないとかというのは”分別”である。心にそれが入り込む隙を与えない。そうすれば何事も全力で取り組むことができる』

『感情の「振れ幅」を、できるだけ小さく。それが、「平常心」で生きるコツ』